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福岡高等裁判所 昭和27年(ナ)15号 判決

原告 大塚勇次郎 外四一名

被告 熊本県選挙管理委員会

一、主  文

原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

二、事  実

原告等訴訟代理人は、被告が昭和二十七年七月三日なした昭和二十六年四月二十三日執行の熊本市議会議員一般選挙のうち、第七開票区に関する部分を無効とする、との裁決は、これを取消す、訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、その請求原因として、

「原告等は、いずれも昭和二十六年四月二十三日執行の熊本市議会議員一般選挙に立候補して当選した者であるが、右選挙に際し、同市第七開票区に所属する第三十八投票所の候補者の氏名等の掲示中、前田宣雄(落選)の分が掲示の当初から選挙期日まで脱落していたことが発見されたので、右前田はこれを理由として単独に、及び落選候補者角田時雄、中島小太郎、出田伊一郎、宮崎熊次郎、西軍蔵、本部次郎、石村辰己、前田辰蔵、外十名は、右前田の氏名掲示の脱落その他七項の理由を掲げ、それぞれ熊本市選挙管理委員会に右選挙の効力に関し異議を申立てたところ、右異議申立はいずれも却下された。そこで前田宣雄及び前記角田時雄等八名以外の落選候補者十名は同委員会の決定に承服して訴願の提起をしなかつたが、角田外七名及び異議申立をしなかつた落選候補者牧野宗吉、坂田大、松尾清次郎、大村宇八郎合計十二名は、被告に対し、訴願を提起したところ、被告は、候補者前田宣雄の前記氏名掲示の脱落は選挙の規定に違反し、且つ選挙の結果に異動を及ぼすおそれがある、と断じ、前記選挙中第七開票区に関する部分を無効とする旨の裁決をなし、昭和二十七年七月三日その旨を告示した。しかし被告のなした右裁決は、次の理由により、違法として到底取消を免れないものである。すなわち、

(一)  公職選挙法第二百二条によれば、選挙の効力に関し異議ある選挙人又は候補者のみが異議を申立て、その決定に不服ある者のみが訴願をなし得るのであつて、本件の場合、候補者とは氏名掲示の脱落によつて不利益を受けたと推定される前記前田宣雄のみがこれに該当し、他の候補者は、異議は勿論訴願もなし得ない筋合であるのに、被告が前記異議申立人角田時雄外七名及び異議申立をしないで、右角田等の異議申立が棄却された後、途中から同人等に便乗した牧野宗吉外三名の訴願に対し、これら訴願人が訴願の適格者であるかどうかの点を看過し、その訴願を容れて本件裁決をなしたのは違法というべきである。

(二)  前記角田時雄外十一名の訴願書は、処分行政庁である熊本市選挙管理委員会を経由することなく、直接被告に提出されたのであるが、右は訴願法第二条第一項に違反する不適法の訴願であるのに、被告がこれを看過し、本件裁決をなしたのは違法である。

(三)  公職選挙法第百七十三条の候補者の氏名等掲示の規定は、あくまで訓示的規定に過ぎないもので、本件選挙において、四十二ケ所の投票所中の一ケ所(第三十八投票所)における候補者総数百八十四名中僅か一名の氏名掲示が脱落していた事務上の些細な手落を捉えて、選挙の規定に違反するというのは、余りにも選挙の実情を無視し、文字の末に拘泥した見解である。又選挙の規定に違反する場合であつても、常にその選挙を無効とする必要はなく、選挙の結果に異動を及ぼすおそれがある場合に限り、これを無効とすべきものであることは、公職選挙法第二百五条の明示するところであるが、本件における前田宣雄の前記氏名掲示の脱落は、次の事由により選挙の結果に異動を及ぼすおそれがある場合に該当しないものと考える。すなわち、

(イ)  候補者氏名周知の方法としては、立候補と同時に告示をなし、その後報道機関の報道、候補者又は運動員によるあらゆる選挙運動(ポスター、演説、個別訪問、氏名連呼、自動車使用、葉書の発送)が行われている現在、氏名の掲示それ自体が候補者氏名周知の方法としてそれ程の重要性を有するものとは思われない。氏名掲示の立法精神は、投票当日における投票人の候補者氏名記載の誤をなくするための後見的なものと解すべきであつて、その脱落を以て直ちに選挙の結果に異動を及ぼすものとする法意ではないと解する。(このことは、掲示の方法について別段施行規則の定めがなく、県市選挙管理委員会にこれを一任していることに徴しても明らかである。)

(ロ)  選挙の結果に異動を及ぼすおそれがあるかの判定に当つては、具体的事実について検討する必要があるのであつて、これらを本件について調べてみると、(A)問題の選挙は、熊本市議会議員の一般選挙であり、市議会議員の選挙は、殆んど縁故票によつて左右せられるものであつて、しかも本件選挙における候補者は百八十四名の多数であつた。(B)本件選挙において、各候補者は前掲(イ)のように、あらゆる選挙運動を尽した。(C)第三十八投票所の氏名掲示の場所は、道路から入りこんだ学校講堂(投票所)の入口側の板壁で右掲示自体は横九糎、縦二十一糎の紙に全候補者百八十数名の氏名等を四段に併列掲載したものであり、しかも右氏名掲示脱落の発見が選挙期日後であつたことは、氏名掲示に重要性がないことを意味する。(D)問題の候補者前田宣雄の父は、第三十八投票所に使用された一新小学校々区で湯屋業を経営しており、同候補者も、この地域における選挙運動に特に力を注いだ、ことなどが認められるのであつて、以上の点から見ると、本件選挙において候補者百八十四人分の氏名が選挙人に影響を及ぼしたとは判断し難く、まして四十二ケ所の投票所中僅か一ケ所における氏名掲示の脱落が本件選挙の選挙人に与えた影響は皆無といつても過言ではない。(なお、本件選挙に際し、第二十五投票所における候補者氏名掲示が選挙当日剥離破棄されていた事実について、被告は選挙の規定に違反しないと判断したが、選挙人に及ぼす影響から見れば、右第二十五投票所における事実の方が本件の場合よりむしろ重大であり、従つて前者を違法でないとするならば、後者の場合も選挙人に影響を及ぼすおそれがないと判断するのが妥当である)。

(ハ)  候補者前田宣雄の各開票区における得票数は、第一開票区四十票、第二開票区六十票、第三開票区九十四票、第四開票区百四十五票、第五開票区三十七票、第六開票区四十一票、第七開票区(第三十八投票所を含む)七十二票、以上合計四百八十九票であつて、この点から見るも、本件における氏名掲示の脱落が同候補者の得票に何等影響がなかつたことを窺い得るばかりでなく、右得票数は最低得票当選者の得票数八百九十二票に比し四百三票の差がある事実に徴すれば、同候補者の氏名掲示の脱落が同人の当落を左右し、選挙の結果に異動を及ぼすおそれがあるとは到底認められない。被告は、本件裁決において、前田宣雄の当落は、別として、同候補者の得票が増加すれば、他の当選者と落選者との間の得票に変更を来し、選挙の結果に異動を及ぼすおそれがあるというが、公職選挙法第二百五条の「選挙の結果に異動を及ぼすおそれがある場合に限り」というのは、本件の場合、氏名掲示の脱落によつて不利益を受けた前田宣雄に関する選挙の結果を指すものであり、同人以外の候補者に関する選挙の結果をいうものではないことは、同法第二百二条、第二百五条の法意に照して極めて明らかである。

(四)  被告の裁決に従うべきものとすれば、熊本市第七開票区のみにおいて再選挙が執行されることになり、右再選挙は当然昭和二十六年度の選挙人名簿によらねばならない筋合であつて、従つて昭和二十五年度の選挙人名簿によつて執行された本件選挙後、熊本市内の他区から第七開票区に転入した者は、同じ市議会議員の選挙において二度投票する結果となり、一人一票の原則に反することとなり、再選挙自体が無効となるわけで、この点よりするも、本件裁決が極めて不当であることは明らかである。

以上の理由により、被告のなした本件裁決は違法というべきであるから、その取消を求めるため、本訴に及んだ。」

と陳述した。(立証省略)

被告代表者は、主文同旨の判決を求め、答弁として、

「原告等がいずれもその主張の選挙に立候補して当選したこと、本件選挙に際し原告等主張の第三十八投票所における候補者氏名掲示中、前田宣雄(落選)の分が掲示の当初から選挙期日まで脱落していたこと及び右前田宣雄外原告等主張の落選候補者が右氏名掲示の脱落等を理由として、それぞれ熊本市選挙管理委員会に選挙の効力に関する異議を申立てたが、いずれも却下されたこと並びに原告等主張の角田時雄外七名、及び牧野宗吉外三名合計十二名の訴願に対し、被告が原告主張のような理由で本件選挙中第七開票区に関する部分を無効とする旨の裁決をなし、原告等主張の日、その旨を告示したことは認める。しかし、

(一)  公職選挙法第二百二条の規定は、法が民衆争訟の制度を採用した趣旨から見ても、選挙人又は候補者に対し、広く争訟の提起権を認めたものであることが明らかであつて、原告等主張のように、当該選挙に関し直接不利益を受けた候補者のみに訴願の適格を限定することは、却つて法の趣旨に反する。すなわち、訴願人たる資格は、異議の決定に対し不服のある選挙人又は候補者であればよく、異議申立をしたかどうかの点に関りはないのであるから、本件における角田時雄外十一名の訴願はもとより適法であり、これに対する被告の裁決に原告等主張のような違法はない。

(二)  公職選挙法第二百十六条の規定によれば、訴願法第二条の規定は選挙の効力に関する訴願の場合に、その適用がないことが明らかである、従つて本件訴願に当り、処分行政庁たる熊本市選挙管理委員会を経由する必要はないのであるから、本件において角田時雄外十一名が訴願書を直接被告に提出したとしても、右訴願に何等違法の廉はなく、これに対する被告の裁決も亦適法である。

(三)  公職選挙法が公営による選挙運動の一環として、第百七十三条乃至第百七十五条に、候補者の氏名等の掲示期間、方法、手続等に関する規定を設けている以上、候補者の数がいかに多数であつても、そのうちの一名の掲示が洩れたことは明らかに法に違背するものであり、公正に行わるべき選挙を不公正ならしめたものというべきである。そしてこの掲示の脱落が選挙の結果に異動を及ぼすおそれがあるかどうかについて考えて見ると、当該投票区の選挙人中には、前田宣雄の立候補を知らない者もあり得たわけであり、もし知つていたならば同人に投ぜらるべき票が、他の候補者に投ぜられたことも推測されるし、又同人の当選の可能性は別として、その得票が増加すれば、他の当選者と落選者との間の得票に変更を来し、当選の結果に異動を及ぼすこともあり得ることは想像に難くないのみならず、本件選挙における最下位当選人の得票は、八百九十二票最高位落選人の得票は八百七十六票であり、その差僅かに十六票に過ぎないから、本件氏名掲示の脱落が選挙の結果に異動を及ぼすおそれがあると判断した被告の裁決は、選挙が一候補者のみの選挙でなく、全候補者、全有権者のためのものである以上、極めて適法妥当なものである。

(四)  本件選挙の一部が無効となる結果、執行せらるべき再選挙は、当該選挙の管理機関たる熊本市選挙管理委員会が本件裁決又は本件訴訟における判決の確定に従い、法規に基いてこれを執行するものであり、この選挙の有効無効は右選挙の執行後争わるべき問題であつて、本件訴訟とは関係のないことであるから、この点に関する原告等の主張は失当である。

以上の次第で、本件裁決の違法を主張する原告等の本訴請求は全く理由がないものである。」

と述べた。(立証省略)

三、理  由

原告等がいずれも昭和二十六年四月二十三日執行の熊本市議会議員一般選挙に立候補して当選した者であること、右選挙に際し、同市第三十八投票所(第七開票区所属)における候補者の氏名等の掲示中、前田宣雄(落選)の分が掲示の当初から選挙期日まで脱落していたこと、右前田宣雄及び落選候補者角田時雄等十八名が右氏名掲示の脱落等を理由として、それぞれ熊本市選挙管理委員会に選挙の効力に関する異議を申立てたが、右異議申立はいずれも却下されたこと並びに右異議申立人中前田宣雄外十名を除く角田時雄外七名及び異議申立をしなかつた落選候補者牧野宗吉外三名合計十二名の訴願に対し、被告が候補者前田宣雄の前記氏名掲示の脱落は選挙の規定に違反し且つ選挙の結果に異動を及ぼすおそれがあるとの理由で、本件選挙中第七開票区に関する部分を無効とする旨の裁決をなし、昭和二十七年七月三日その旨告示したことは、いずれも当事者間に争がない。

よつて本件裁決が違法であるとする原告等の主張について順次考えて見るに、(一)原告等は、熊本市選挙管理委員会のなした前記異議申立却下の決定に対しては、氏名掲示の脱落によつて不利益を受けた候補者前田宣雄のみが訴願をなし得るのであつて前記角田時雄等十二名(異議申立をしなかつた者を含む)は訴願の適格を有しない、と主張するけれども、選挙の効力に関する異議について市町村選挙管理委員会のなした決定に対して不服がある者は、直ちに当該都道府県の選挙管理委員会に訴願を提起することができるのであつて、当該選挙に関し直接不利益を受けた候補者のみに限定すべきでないのは勿論、又必ずしも異議申立をした者に限られないものと解するのが相当であるから、本件において熊本市選挙管理委員会のなした決定に対し、角田時雄等十二名が被告に訴願したことにつき原告主張のような違法はない。(二)次に原告等は、前記角田時雄等の訴願は、訴願法第二条に違反する不適法の訴願である、と主張するが、公職選挙法第二百十六条によれば、選挙の効力に関する訴願の場合において、訴願の提起につき処分行政庁を経由すべき旨を定めた訴願法第二条の規定の適用が除外されていることが明らかであるから、本件訴願に当り、角田時雄等が処分行政庁たる熊本市選挙管理委員会を経由することなく、直接訴願書を被告に提出したとしても、右訴願に原告等主張のような違法があるとはいえない。(三)原告等は、次に、被告が本件における氏名掲示の脱落を以て選挙の規定に違反するものとなし、且つ選挙の結果に異動を及ぼすおそれがあるとなしたのは、公職選挙法第二百五条の解釈を誤つた違法の裁決であると主張する。しかし公職選挙法第百七十三条乃至第百七十五条の規定により、公職の候補者についてその氏名等を当該選挙の投票所等に掲示させることとしたのは、法が選挙公営の立場から、候補者の氏名等を一般選挙人に周知せしめ、選挙人の意思を誤なく選挙の結果に反映させようとする趣旨に出たものであつて、これらの規定が訓示的規定に過ぎないものとする格別の根拠はないのであるから、本件選挙において第三十八投票所の候補者の氏名等の掲示中前田宣雄の分のみが脱落していたことは、明らかに選挙の管理執行について公正を欠くものであり、同法第二百五条にいわゆる選挙の規定に違反するものといわなければならない。よつて進んで本件における右氏名掲示の脱落が選挙の結果に異動を及ぼすおそれがあるかどうかについて考えて見るに、当該投票区における選挙人中には、右氏名掲示の脱落の結果、前田宣雄の立候補を知らなかつた者もあり得たわけであり、もし、その立候補を知つていたならば同人に投ぜらるべき票が、他の候補者に投ぜられたであろうことの可能性も考えられるのであつて、(具体的事実として、本件選挙の選挙人中には、前記氏名掲示脱落の結果、前田宣雄が立候補を断念したのではないかと考え他の候補者に投票した者もあつたことは証人前田宣雄の証言に徴して、これを窺い知ることができるのである)、たとえ、本件選挙における選挙及び選挙運動の実情並びに氏名掲示の位置、方法等に関する事実が原告等主張のとおりであるとしても、これらの事実を以て、直ちに前記可能性を否定し去ることはできない。そして本件選挙において前田宣雄に当選の可能性があるかどうかの点は別としても、同人の得票が増加すれば、他の当選者と落選者との間の得票に変更を来し、当選の結果に異動を及ぼすこともあり得ることは想像に難くないのみならず、殊に本件選挙における最下位当選者の得票は八百九十二票、最高位落選者の得票は八百七十六票で、その差僅かに十六票に過ぎないのであるから(これらの得票数に関する被告の主張事実は、原告等の明らかに争わないところである)、前田宣雄の氏名掲示の脱落は結局選挙の結果に異動を及ぼすおそれがあるものと判定せざるを得ない。原告等は公職選挙法第二百五条の「選挙の結果に異動を及ぼすおそれがある場合に限り」というのは、本件の場合、氏名掲示の脱落によつて不利益を受けた前田宣雄に関する選挙の結果のみについて判定すべきものであると主張するけれども、同条の規定を原告等のいうように狭く解すべき格別の根拠は認められない。従つて被告のなした本件裁決に原告等主張のような違法はなく、この点に関する原告等の主張も採用し難い。次に(四)原告等は、本件裁決の結果、再選挙が執行されることとなれば、同一人が同一選挙について二度選挙権を行使することとなつて一人一票の原則に反し、再選挙の無効を招来する結果となる、と主張するけれども、このことは右再選挙の執行後争わるべき別個の問題に属し、本件裁決の効力に何等影響を及ぼすべき事柄ではないので、右主張も採用することができない。

そうだとすれば、被告のなした本件裁決の違法を主張する原告等の本訴請求は失当として排斥を免れないから、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 野田三夫 川井立夫 天野清治)

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